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北岡用語解説集 (アーカイブ)

エッセイその二:NLP の限界性について

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最新情報:今後、北岡用語解説集の「アーカイブ」セクションに、逐次、書き下ろしエッセイをアップしていきます。乞うご期待ください。

「NLP の限界性」を語るに際しては、まず、NLP は、紛れもなく「『カウンターカルチャー』の申し子」として生まれているという事実 (この事実については、NLP が、ベトナム戦争が終結した 1975 年に米国カリフォルニア州サンタクルーズ市 (60 年代のヒッピーの発祥地であるサンフランシスコ市の南約 100 キロの市) で生まれたということを指摘するだけで、「裏付け」は充分かと思います) を念頭に入れて置く必要があります。

すなわち、国内では、「カウンターカルチャー (対抗文化)」は死語のようですが (というか、もともとまともに輸入されることもなかったようですが (笑))、カウンターカルチャーを知らずして「まともな NLP」を教えることは、そもそも不可能なので、日本人が教える NLP のほぼすべては、「『本場』の、本物の NLP」ではなく、「『ガラパゴス諸島化』した、偽の NLP」であることが、そもそも論として、「国内の NLP の限界性」であるということを指摘しておきたいと思いました。

(この点に関連したこととしては、いみじくも、天外伺朗氏 (Sony のアイボの開発者の土井利忠氏) が、茂木健一郎氏との対談 (講談社ブルーバックス『意識は科学で解き明かせるか』、2000 年) の中で、(茂木氏の、日本の問題点は、本当の意味のカウンターカルチャー革命を経験していない点にある、アメリカ人は基本的な教養として、カウンターカルチャー体験を持っている、日本にはそれがなくて、意識の変性状態のようなテーマを研究するときの非常に大きな欠落になっている、という内容の発言に対して) 「日本の社会の大きな問題点は、カウンターカルチャーを経験していないことです」と述べています。)

この本質的な国内の NLP の限界性は、カウンターカルチャーについて左脳的知識さえない NLP の教師側の問題であると同時に、NLP を生み出すに至った背景となっている、カウンターカルチャーが全盛だった 60 年代、70 年代の「前 NLP 的」方法論である瞑想、催眠、セラピー、化学的変性意識、アイソレーション タンク等をほとんどいっさい実際に経験したことがないまま NLP を学びに来る生徒側の問題でもあります。

すなわち、確かに、NLP は、極めてキレのいい「自己および他者の変容」を助けるツールではありますが、その真の (歴史的、文化的、心理学的、哲学的な) 価値は、「前 NLP 的」方法論を使ってありとあらゆる試行錯誤をしている人々「だけ」が評価できるもので、この場合は、目から鱗が落ちる発見の連続となりますが、「思考停止状態」の人が「最高のショートカット法」を学んでも、「ああ、そんなものなんだ」で終わって、そのすごさは体感できないと思います。

「コロンブスの卵」では、コロンブスが、生卵と茹卵の「簡単な」見分け方を、何時間も思案し続けて正解がわからずにいて、「頭を使いに使い切った『後』」に答えられませんと「降参」したコロンブスの友人たちに伝えたからこそ価値があったのであって、そもそも初めからいっさい考えることもしていないトピックについて貴重な「近道」の方法を教わっても、その「アンビリーバブル性 (奇跡性)」は、いっさい伝わらないと思います。

以上のことは、歴史的観点から見た、国内の NLP の限界性ですが、他にも、私自身の過去 15 年間 1,500 人以上の「ケース スタディ」からわかった、NLP を学ぶにあたっての限界性として、主に以下の二点が挙げられます。

1) 「個人的な体験のレベルの NLP の限界性」

まず、私は、過去の資格コース等において、口酸っぱく、「NLP は、屋根に登るための梯子、川を渡るための舟、のような『単なる方法論』で、NLP の『アンカーリング』を使って、ある特定の状態を『ショートカット』として、自分の中で即時的に再現することが可能ですが、自分の中にアンカーリングの対象となるべき『参照機構 (実際の経験)』がなければ、そもそもアンカーリングで引き出すことができないので、その参照機構は、瞑想催眠セラピー、化学的変性意識、断食、滝打ち、座禅、その他で、NLP の『外』で、自分自身で体験して、まず作っておいてください」と伝えてきています。

ちなみに、私の過去 30 年間の最大テーマは、「現象界を超えた『悟り』の世界を NLP (特に、アンカーリング) で 24 時間 86,400 秒継続的に、『脳内麻薬状態』として、体験し続けることができないか」というものでした。個人的には、この「最大の人間意識の実験」にこれまで成功してきていると、今、報告することができますが、問題は、そういう「悟りの世界」あるいは「神的意識」の参照機構がない人は、どうしたらいいか、ということでした。

この問題については、私は、2015 年の夏に、悟りの参照機構がない人でもあるマントラを唱え続けるだけで、自分がどんどん純粋な神的意識に近づいていくという方法論に出会いました。この方法論とメカニズムについては、私は、「レモンの味を知らなくてもレモンの味を創出できる方法論」というエッセイで完全解説しています (このエッセイは、北岡の「クローズド会員制クラブ」の無料会員登録者が閲覧できるようになっています)。

2) 「NLP の現場への落とし込み方についての実用性レベルでの限界性」

たしか、「上記のレモンの味を知らなくてもレモンの味を創出できる方法論」を執筆した頃に、私は、個人セッションのクライアントで、「NLP の現場への落とし込み方がわかりません」という複数の方に出会いました。

私自身、1988 年に NLP を学び始める前に、瞑想催眠セラピー、化学的変性意識、その他で試行錯誤をしまくっていたので、歴史的に欧米人 (特にアメリカ人) がどのようにして「現代西洋心理療法」が NLP に進化していったか、についての「全脳的知識」があったので、私自身は、NLP を現場に落とし込む (「現実に適用する」) ことについて、まったく違和感も、問題もありませんでしたが、そういう歴史を経てきていない日本人が NLP を現場に落とし込む際に「致命的な問題」があることがわかりました。

この致命的な問題については、「クローズド会員制クラブ」の会員が閲覧できる「新北岡遇辺メルマガ」に詳述していますが、簡単に要約すると、「NLP を現場に落とし込むために必要な二大条件」は以下のようになります。

i) 現実を仮想現実化できていること


ii) 「扁桃体」を快にして、演習の自己適用を楽しくて楽しくてたまらなく思うこと

このうち、「i) 現実を仮想現実化できていること」については、欧米では、カウンターカルチャーの文化が今なお綿々と続いてきていて、さまざまな形で、特に大多数の若者は「意識の拡張の実験」をしているので、また、ニュートン/デカルトの還元主義を超えた量子力学的な考え方が社会全般にわたってかなり広く普及しているので、一般論的に、西洋の NLP 学習者は、あたりまえのように「いわゆる現実と呼ばれているものは相対的なもので、自分の物の見方一つで、どうにでも変えられる」という「現実の仮想現実化」ができています。

その一方で、「意識の拡張の実験」をしたこともなく、量子力学的な考え方にもそれほど馴染んでいない日本人は、「(自分が勤めている会社を含んだ) 現実というものが厳然と存在している」という枠組みの中で生きているようで、このようなパラダイムの持ち主は、「厳然たる現実は NLP のような単なる『頭の体操』のツールでは変わるわけがない」という「潜在意識的な確信」に「汚染」されているようです。

実は、この「現実の仮想現実化」ができない問題を克服するために、私は「現実という名の RPG ゲーム」という演習を独自開発しています。「RPG ゲーム」については、私のメルマガ「これが本物の NLP だ!」の新編第 50 号から第 69 号 (特に、『新編第五十三号:「コペルニクス的転換」大発見のまとめ』) を参照していただけたらと思います。

ちなみに、「現実を仮想現実する」ことと、「選択点」というコンセプトは密接に関係しています。人生上あるいは認識論的考察上私がもっとも重要と見なしている NLP モデルである「選択点」については、「北岡用語解説集」を参照にしてください。

(なお、「選択点」に基づいて、私が独自開発した「RPG ゲーム」演習のメカニズムは、欧米で NLP を学び始める人々が、すでに無意識的に、「ごくごく当たり前に行っている」ことなので、欧米人に「RPG ゲーム」を教えたら、おそらく、「お前あほか。なぜこんな皆当たり前にやっていることを、そもそも演習として明示化しなければならないのか?」という反応をもらう可能性があります。裏を返せば、国内では、人々は、本来の NLP 学習に関してそれくらい「基本中の基本中の基本」も理解せずに NLP 演習を行っている、という「恐ろしい状況」であるということになります。国内の NLP 業界の中から「大化けする人 (天才)」が輩出されてきていない最大の理由はここにある、と私は考えてきています。)

「ii) 『扁桃体』を快にして、演習の自己適用を楽しくて楽しくてたまらなく思うこと」については、最近私が発見した日本人の VIP 思索家 (詳細は、「クローズド会員制クラブ」の会員が閲覧できる「新北岡遇辺メルマガ」で詳述しています) が、「人々が天才になるのは、『古い脳』の一部である扁桃体が快になりまくっているので、どんな努力をしても努力とも思わず、自然に切磋琢磨するからで、また、天才になる人は、成功状態にすでになりきっているという大いなる勘違いをしている人である」一方で、「扁桃体が快になっていない人は、どんな努力も苦痛と思うので、『新しい脳』である大脳皮質 (特に、前頭葉) が『努力が必要だ』とわかっていても、人生目標を立てても、『古い脳』が納得していないので、結局は、三日坊主に終わる」という意味の主張をしているのを知ったとき、日本人で (そして欧米人で) NLP の自己適用が続けられないことの最大のメカニズムがここで「完全に解明」されている、と思いました。

それ以来、私は、この日本人 VIP 思索家のアイデアの元になっていると思われる欧米の「扁桃体の専門家」の本等を研究してきていて、現在、この「いかにすれば扁桃体が快になるか」の問題を解決しえる演習を独自開発してきているところです。

以上が、「歴史」、「個人」、「実用性」の観点から考察した、見方によっては「かなり悲観的」な「国内の NLP」の限界性ですが、もしこれらの限界性を生み出している条件がクリアされるならば (とはいっても、欧米人の場合はともかく、普通の日本人にとっては、非常に大きな「もし」であるように思われますが (笑)。また、私が最近独自開発してきている演習群で、この「大きなもし」がみごとにクリアできると、私は強く確信していますが)、NLP の学習効果は「奇跡的」なものになることは間違いありません。

以上の「国内の NLP の限界性を生み出している条件をしうる北岡独自開発の演習群」に興味があれば、会員登録が無料の「クローズド会員制クラブ」になって、「新北岡遇辺メルマガ」を閲覧してみてください。

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